2008年10月12日日曜日

第1章 明が愛子と出会い、想いに耽る







1.

真冬のあのころ、晴れた日の午後にはいつも晴海のアキテーヌに出かけたけれど、明は死にたくてたまらなかった。奇妙に聞えるかも知れないけれど、ほんとにこの世におさらばしたい人は、ありふれた場所、じっと坐りつづけても怪しまれない場所に出かけるものだ。そしてまさにこのアキテーヌのテラスで明は愛子と初めて出会い、むろん彼女に大して罪はないものの、明がときおり、そしていまも死にたくなるのは彼女ゆえなのだった。
しかし明が愛子と逢っていたあのころ、愛子と愛子にまつわる苦しい出来事を度外視するのは無理にしても、明は生きがいを感じていたはずだと考える人もいるかもしれない。けれども明はそんなに苦しくないときにさえ、両親が彼をこの世に送りだすという手間を省いてくれればよかったのにという思いを捨てきれなかった。
愛子との恋物語はいまどき珍しい悲恋物語で、悲観的な青年が陥る恋として涙を誘われずにはいられない。だから明が自己破壊、もしくは無化の強固な願望を抱いたとしても驚くにはあたらないところだが、実際には彼は、自然死を望んでいた。あのころ彼はそればかりを思って、いっそ眠っている間に死ねたらいいのにと願って、その幸運が自分に訪れたときに恥ずかしくないようにと、いつも下着を着替えて眠るのだった。


2.

可笑しなことに、こんな苦しみの元となった愛子について、明は漠然としたぼやけたイメージしか持っていない。だからとてつもない苦しみの大部分は、もうなぜかも分らずにひどく苦しいことにある。けれどもこうした苦しみこそがいつも死にたい気にさせるのだ。実存的挫折というやつ。こいつが歩もうとするたびに人の足を切り落してしまう。破綻ののち、愛しい愛子は霧に包まれて、はっきりと思い浮かべることさえ叶わない。あの災厄の日に、彼の手許に残ったたった1枚の証明写真の助けを借りて再構成しようにも、ややきつめの眼差し、あまり賢そうではないようすで唇を引き締め、ちっともいつもの彼女らしくない。味噌っ歯を隠そうと必死なんだ。ことに夏に鼻の頭や喉元に現れる雀斑のこともひどく気に病んでいたっけ。
明によれば、そんなことを気にするなんて愛子はほんとにばかなんだ。あの反っ歯があるからこそ、真面目すぎる憂い顔に茶目っ気が添えられるのだし、幼く見えるあの反っ歯さえなかったなら、明もあんなにとてつもなく恋してしまうことはなかっただろう。雀斑について言えば、2度目に愛子にあったとき、とたんに明を罠に捕らえてしまったのは、まさにあの雀斑だったのに。